塗装・塗料の専門知識
-
2016
8.19弾性塗料の誕生
こんにちは!阪神佐藤興産の技術顧問、プロフェッサーKです。
外装塗料が合成樹脂の吹き付けタイル、スタッコ、リシン塗料がまだ全盛だった1973年(S48)頃にゴムの性質を持った革新的な弾性塗料が誕生します。
弾性塗料が誕生した起因は第一次、第二次マンションブームに大量につくられた野丁場のコンクリート・モルタル建物に発生したひび割れ(クラック)でした。
ひび割れの発生は作業時間の短縮のために規格を軽視した水で薄められた生コン(シャブコン)の使用が原因でシャブコンは正常な生コンに比べて乾燥収縮が大きくなりひび割れの発生につながります。
建設ラッシュで砂がひっ迫して、これもまた規格を守らず海砂を使用したコンクリートの建物も多くあり、海砂に含まれる塩が鉄筋を腐食、膨張させてコンクリートにひび割れが生じる欠陥も見られました。
そして町場の戸建て住宅も木造住宅の防火対策として金網を使うメタルラス工法でモルタルが使われましたが、当時のモルタルは乾燥収縮が大きくひび割れを発生させていました。
現在では一般的な状況での鉄筋コンクリートの許容できるひび割れ幅は0.3mm以下ですが、当時はもっと幅の広いひび割れが発生していました。
丁度そのころに日本住宅公団だったと思いますが建物の漏水事故の調査報告がなされ、漏水は屋上から発生すると考えられていましたが、なんと屋上よりも外壁からの漏水事故が多いことを発表されたことが壁面防水のきっかけとなった瞬間でした。
私の知っている範囲では本格的な壁面弾性塗料を開発した先駆者は東亞合成化学工業(現 東亞合成)でアクリルゴムエマルションの量産化に成功し1972年(S47)塗布形の屋根防水材のアロンコートSAを開発、その技術を用いて1973年(S48)に壁面用に転用した複層形のアロンウォールを発売したのが最初で、続いてイサム塗料の「アトロンエラストマー」、セブンケミカルの「セブンウォール」、三菱レーヨンの「アクリトーン」、ABC商会の「ウォールコートU」が上市されています。
また同じころ簡易形防水を目的とした単層形を藤倉化成がアメリカのプラスタロイ社より技術導入しています。
複層形、単層形と呼ばれるのはもう少し弾性塗料が普及した後のことです。
当初は嘘のような話なのですがダンセイ塗料と聞いたけれど女性塗料はないのかと聞いてくる人がいたと聞いたことがあります。
その先は例によって防水材メーカーに限らず外装塗材メーカー、塗料メーカーが競って壁面防水塗料市場への参入が始まります。
現在の弾性塗料は大きく分けて複層形と単層形と少し時期が遅れれて開発した微弾性フィラー形の3種類(図-1)に分けることができます。
特長として複層形はシーラー+中塗り(弾性)+上塗りの塗料が別々の塗料種で構成され、単層形はシーラー+中、上塗り(弾性)兼用で、微弾性フィラー形はシーラーが不用でフィラー(弾性)+上塗りで構成され、複層形は5工程で本格的な防水を目的として、単層形と微弾性フィラー形は3工程で主として塗り替え用として使用されています。
弾性塗料の現在のJIS規格表示は以下のとおりです。
複層形弾性塗料 建築仕上塗材 JIS-A-6909 防水型複層塗材E
建築用防水材 JIS-A-6021 外装用塗膜防水材アクリルゴム系
単層形弾性塗料 建築仕上塗材 JIS-A-6909 防水型外装薄塗材E
微弾性フィラー形 建築仕上塗材 JIS-A-6909 可とう形改修塗材E
複層形弾性塗料「DANタイル」
開発に出遅れた塗料メーカーとしてはこの2種類の弾性塗料のどちらの開発を先行すべきか社内で議論になり、安易なのですが単層形は複層形に比べて開発が楽なように思えたことと、そのころすでに塗り替え需要が新設に迫ってきていたことから塗り回数が少なく安価な単層形が開発を提案したのですが残念なことにその時のトップは単層形は邪道で本格的な防水を目指した複層形の開発先行を決定しました。
その日の夜は酒を飲んで相当暴れたことを覚えています。
当時は防水材の知見が乏しく手探りの状態から検討を行うのですが、最初はコンクリートのひび割れはどの様にして発生するのか、どれくらいの幅なのか、ひび割れに従うことができる膜厚と伸び率はどの程度必要なのか分からぬことばかりでした。
その様な時に日本建築学会から新設コンクリートにおいて最初に発生するひび割れ幅は0.2mm以下でほとんどが1年以内に発生しているとの報告書を見つけます。
発生するひび割れに追随するために必要な塗膜の伸び率を考えてみますと、コンクリートひび割れの隙間がゼロの状態から0.2mmに広がるのですが、その時の必要な伸び率は計算上では0.2mm÷0mm=無限となります。
無限に伸びる材料は無いということから大騒ぎになり、実際のコンクリート板でひび割れを発生させて様子を見ることが決まります。
塗膜の伸び率とひび割れ追随性の関係を何度も確認した結果、無から発生する0.2mmのひび割れ(ゼロスパン)では300%程度の伸び率があればひび割れに追随できることが分かってきます。
無限に伸びなくても追随できるのは、ひび割れの瞬間に塗膜の強さでひび割れの近くにコンクリート(モルタル)の間に剥離(浮き)が起こり、実際はゼロスパンでは無く有スパンになっていることからひび割れに追随できることが分かってきます。
色々なアクリル系ゴムエマルションから伸び率と強度が得られるエマルションを採用して400%伸びる中塗りを作るのですが、既存のシーラーには付着しないことが分かり弾性塗料専用シーラーを作ります。
中塗りは全体にシート状に塗装する平吹きと凹凸模様の玉吹きの2工程となりますが平吹きと玉吹きとは異なった粘性(流動性)が必要で1つの中塗りでその性質の両立は困難を究めましたが、新しい粘性改質剤を見つけて何とか乗り切ります。
特に玉吹きはボリュームのある山形の模様が目標なのですが上司が開発途上の見本板を評価して玉吹きの模様をチチと言ってチチが小さいとか低いとかタレチチはダメだとかうるさい限りでした。
上塗は耐候性を考慮して2液形のウレタン塗料を採用し塗料液に用いる柔軟形ポリオール樹脂を新たに開発しています。
先行メーカーに5年遅れましたが1978年(S53)に1mmの塗膜厚みでコンクリートの1mmのひび割れに追随が可能な「DANタイル」システムを完成します。
商品名のDANは弾性のダンをもじり命名しましたが、DANは日本ペイントで最初の弾性塗料の姆名となりました。
防水という新たな塗料であることから品質を確保するため先行メーカーが行った責任施工体制で商品導入を考えましたがお店を制約することになるため断念します。
当初の複層形弾性塗料の弱点は
- 従来の吹き付けタイル塗材に比べ塗布量と樹脂量が多いため乾燥に時間を要するため塗装後の短期降雨で流れる。
- 中塗りは従来塗料より水蒸気を通しませんので含水分の多いコンクリートでフクレが発生し易い。
- 塗膜が弾性で柔らかいことから大気中に浮遊するスス(油煙)などで汚れ易い。
などの問題がありましたが、職人さんに使い慣れていただいたこともありますが改良を加えて「DANタイル」の名前が市場で定着していきました。
単層形と微弾性フィラー形の話を続けますとページ数が多くなり過ぎますので今回はここまでといたします。
微弾性フィラー形の「アンダーフィラー弾性エクセル」は国産初の塗料ですので次回をたのしみにしていてください。