塗装・塗料の専門知識
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2016
10.5弾性塗料(その2)
こんにちは!阪神佐藤興産の技術顧問、プロフェッサーKです。
今回お話しいたします弾性塗料(その2)は前回に続き単層形弾性塗料と弾性フィラーについてお話しいたします。
単層形弾性塗料(建築仕上塗材JIS-A-6909/防水型外装薄塗材E)
当初は塗り替え(改修工事)に複層形弾性塗料が良く使われましたが、これまでの塗料に比べ高価で、塗り工数が多くかかることから、安価で改修工事に適した省工程の弾性塗料の開発が望まれていました。
複層形弾性塗料の市場導入が一段落し単層形弾性塗料の開発に取りかかるのですが、その当時に新しく開発されていた「GPペイント」が参考になりました。
「GPペイント」とは日本住宅公団(現・都市再生機構:UR)が数社の塗料メーカーと共同開発した水性のつや有り塗料です。
公団では浴室に溶剤形の塩化ビニル塗装が規格になっていましたが、狭い部屋で塗装するためトルエン、キシレンを含んだ塗料の使用は作業者に取って危険であることから、安全対策として水性の「GPペイント」に切り替えられました。
それまでの水性塗料はつや消しのエマルションペイント(EP)が主流でしたが使用していた酢ビ系エマルションはつや有り塗料には不向きなため、つやを出すために工夫されたアクリルエマルションが開発されていました。
単層形弾性塗料はつや有りなので、このアクリルエマルション技術を採用するのですが伸び率が足らず柔らかくするのですが粘着が背反となります。
伸びがあって粘着の少ないエマルションを得るために色々なモノマーの組み合わせを試行錯誤した結果、理想的な微粒子のアクリルエマルションを探しだします。
少し経って分かるのですが採用したエマルションは表層が硬くて粘着が少なく内部が柔らかく伸びる層構造になっていたことが分かりました。
単層形弾性塗料はすでにひび割れの発生が終わった塗装壁が対象になるために新設ほど伸び率は必要でないことから0.5mmの塗膜の厚みで3倍(200%)程度の伸び率があればひび割れの動きに追随ができることを確認しています。
塗装は、シーラー塗装後に砂骨ローラー(マスチックローラー)で波型模様に塗装するのですが、波型の谷間の部分の厚みが不足するのでウールローラーで増し塗りをして膜厚を補う工法となりました。
先に複層形弾性塗料の開発を経験していることが幸いして、問題の発生も皆無で順調に開発が進み1980年(S55)につやと仕上がり性を差別化した単層形弾性塗料の「DANユニ」を発売するにいたります。
発売した時期が第二次マンションブームの建物の改修時期と重なり急速に販売量が拡大して生産が追いつかないほどの大ヒット商品となります。
その後しばらくして単層形弾性塗料は進化を始め、汚れが少なくなる低汚染型、内部結露を減らすための透湿型、カビ、藻などの生物汚染対策の防藻型などの機能を付加した多機能の単層形弾性塗料が開発されています。
弾性塗料の汚れ
複層形、単層形の弾性塗料が使われ始めしばらくして、弾性塗料は今までの塗料(硬質)に比べて汚れ易いとの評価を受けます。
指摘されている汚れた建物は交通量が多い環境の悪い地域で、汚れた箇所は窓、パラペット下などの雨水の垂れたところに発生する黒い縦筋状の雨だれ汚染でした。
雨水が垂れる場所の汚れは、どの様な塗料にでも発生することから、建物の形状的な問題として関心はなかったのですが、この指摘を受けて塗膜が汚れるという困りごとに真剣に取り組むことになります。
弾性塗料以外の塗料を含めて汚れ具合を評価しますと、汚れても仕方のないほど粘着のある塗料もありましたが、中には硬くても汚れやすい塗料、柔らかくても汚れが少ない塗料が見つかりました。
親水性低汚染化技術
そこで塗膜の表面特性とその汚れ具合を調べると、面白いことに疎水性(油の性質)の塗膜に比べて、親水性(水の性質)の塗膜が汚れ難いことが分かってきます。
また、文献では汚れの黒い物質が大気汚染中のカーボン由来であることも解明されていました。
そのようなことから外壁の雨だれの汚れは、ディーゼル車、工場の煙突などから排出されたカーボン(油煙)が雨水を媒体にして塗膜表面を流れるときに疎水性のカーボンは疎水性の塗膜と馴染むことで塗膜に吸着され黒く汚れ、親水性の塗膜とは馴染まなく流れ去るために汚れが少なくなることが分かりました。
身近な例ではカーワックス(疎水性)をかけた白い車が翌日の一雨で黒い縦筋の汚れが入ってしまった経験と同じ現象です。
弾性塗料の汚れに端を発した問題が、その後に塗料の耐汚染性の品質を高めることにつながって行きます。
余談ですが、超低汚染光触媒という言葉を耳にされたことがあると思いますが、これは光触媒能酸化チタンを使った超親水化技術で現在もっとも親水性に優れる材料と言われています。
外壁の汚れについては雨だれ汚れ以外にもシリコーンシーリング材による黒汚れ、コンクリート・モルタルからのアルカリの滲み出しによる白華(エフロレッセンス)、鉄のもらいさび汚れ、かび、藻などによる生物汚れなど多くの汚れがありますが、この話はまた別の機会にお話しすることにします。
弾性フィラー(建築仕上塗材 JIS-A-6909/可とう形改修塗材E)
市場でそろそろ単層形弾性塗料の売り上げに陰りがでてきた1990年代に大規模マンション改修工事に力を入れていた関東の営業より、単層形弾性塗料を置き換えることのできる、新たな塗料が欲しいとの声が上がります。
営業の要求は長期耐久性でウレタン、シリコン、フッ素レベルの耐候性がある商品の開発が必要とのことでした。
単層形弾性塗料の樹脂を全てウレタン、シリコン、フッ素に置き換えれば良いのですが厚付けのために材料代が跳ね上るために現実性に乏しく、複層形弾性塗料のように上塗りだけを高耐候性塗料にすれば、塗付量も少なくて価格を押さえることが可能と判断します。
その頃にはエマルション技術も進歩して1液反応硬化技術を用いたウレタンとシリコン塗料の開発にメドが立っていましたので、その上塗りを使って新たな下塗り材を作ることを考えますが、改修の場合は3回塗りで仕上がることが条件なので、上塗りは2回塗りですから、残りの1回で仕上がる下塗り塗料が必要になります。
シーラーレスの考え方
弾性塗料は専用シーラーを必要とするほど付着が難しい塗料ですので、なおさらシーラーを省くことはかなり困難なことなのですが、新設の場合と改修の場合のシーラーの必要性を考えると新設の場合はコンクリート・モルタルのアルカリ止めと表面の粉化層に浸透して付着を可能にさせる必要があるのですが、改修の場合は既存の塗膜があるので浸透の必要は少なく、既存の塗膜への付着性だけを考えれば良いことになります。
そのヒントは身近なところで見つかりました。
それはコンクリート表面の穴埋めや、段差などを平滑に修正する目的のセメント+砂+酢ビエマルションからなる「セメントフィラー」が市場で普及していました。
「セメントフィラー」は1970年(S45)頃にまたも日本住宅公団がメーカーと共同で開発した下地調整材で当初は公団の建物で使用されていましたが、一般工事に普及して、後にJIS-A-6916(セメント系下地調整材)が制定されました。
「セメントフィラー」は硬質でひび割れへの追随性はないのですが改修ではシーラーを使わず直接に既存塗膜に塗り付けることが可能でした。
開発する塗料にはセメントは作業面から使えないのですが、考え方はひび割れに追随ができる「弾性セメントフィラー」が求めているものでした。
塗装の対象となる既存塗料の品種はリシン、スキン、スタッコ、吹き付けタイル、弾性塗料、各種上塗りなどで樹脂の種類も多岐に及んでいました。
従来の複層・単層形弾性塗料に使用しているエマルションでは付着性は満足できず、モノマーの組み合わせを変えて評価を繰り返し、苦労してやっとほとんどの種類の塗料に対して付着が満足できる特殊なアクリルモノマーと反応性モノマーを組み合わせたエマルションを選択することができて目標とした弾性フィラーは「アンダーフィラー弾性エクセル」と命名して1993年(H05)に業界初の弾性フィラーを市場に送り出しました。
専用の上塗りは低汚染化技術を加えた1液反応硬化形のウレタン塗料、シリコン塗料で少し遅れてフッ素塗料を追加した耐久性が期待できる松竹梅の3品種を準備してお客様の選択幅を広げました。
この技術を「新塗り工法」として建設技術審査証明協議会に申請し、厳しい審査に合格して1999年(H11)に技術審査証明を取得しています。
その後は他社も急いで同じ様な商品を発売したお蔭もあって弾性フィラー改修システムは単層形弾性塗料に継いで、マンション改修の決定版として市場で認知されました。
以上で弾性塗料の話は終わりにします。
次回は弱溶剤形塗料とはどの様な塗料なのかと質問がありましたので、この塗料のお話しをいたしますのでご期待ください。